宇宙のしくみと人体 3

ある意味で、生命場はからだの片割れ、残りの半分だと考えることもできます。


からだの半分は、わたしたちがふだん人間として認識している肉体であり、あとの半分は目に見えない「場」なのです。


一時期、科学者たちがその生命場をしらべ、皮膚から1センチ弱ほどのものを検出したことがありましたが・・・


最近の研究では皮膚から80センチ以上もあるということがわかっています。


この生命場は肉体に生命力をみちびきいれ、その人にスピリット(霊魂、気力)を供給しています。


けがをしたりこころを痛めたりすると、生命場はそのショックを、エネルギーの消耗というかたちで肉体にあらわす。


そんなとき、それを放置しておくと、エネルギーの消耗が機能不全にまで発展して病気になり、ついにはからだの機能がまったく停止してしまいます。


・・・しかし、エネルギーの消耗に気づいて休息や補給をすれば、からだは失われた健康を自然にとりもどすようにできています。


生命場の安定度を知るには健康状態を観察すればいいのです。

宇宙のしくみと人体 2

半世紀以上にわたって本を読み、論争し、質問し、黙想をつづけた結果・・・


わたしは人体が「生命場」とでもいうべきものに包まれているということを確信するようになりました。


その生命場は全身にくまなく浸透し、さらに皮膚を大きくこえて、全身を包んでいます。


それがどんなものかを知りたい人は、からだをとりまく色のついたオーラを想像すればいいのです。


色はその人の状態によって、緑、赤、黄色など、さまざまです。


オーラが見える人によれば、わたしの生命場は青みがかっているらしいのです。


霊的な人のしるしである紫っぽいオーラよりは、どちらかといえばヒーラー向きの人のしるしに近いということです。


もし生命場が目に見えれば、それは人間の影のかたちのように見えるはずです。


あたまのまわりを丸くとりかこみ、肩の部分でひろがって、腰でせまくなり、足に向かってだんだん細くなっています。

宇宙のしくみと人体

嵐が近づくにつれて、わたしの呼吸がみだれ、思考もみだれてくるのがわかります。


急速にさがった気圧がわたしの体内の複雑な化学反応を変化させ、器官系を緊張させているのです。


宇宙とのつながりについて理解することで得られる利益はたくさんあるのです。


なによりも、自然のいとなみのしくみがわかれば、それを味わい、楽しむことができます。


その楽しみが深まるにつれて、自分がどんな環境にいるのかについての理解が自然に深まり、そのことが確実に健康にたいするより深い理解につながるのです。


「企業戦士」たちはこういうかもしれません。


「それは結構なことですが、わたしはカネを稼ぎたいだけなんだ」


・・・その反論にたいしては、こう答えておきましょう。


「そのカネをもって、どこに行くのかね?それともただ、あとに残すために?」


・・・これからわたしが語ろうとしているのは、人が一生身につけられるものについてです。


ザ・スーパースター 2

かつて、1928年の大統領選挙でニューヨーク州知事アル・スミスが史上最初のアイルランド系カトリック教徒として立候補しましたが、共和党のハーバート・フーバーに大敗を喫したという悪い事例が、何としても不気味です。


第三に、ケネディがハーバード大学出身の秀才でエリートであるという点です。


日本では「東大出身」が総理大臣になる前提条件といってよいですが、アメリカではこれは通用せず、むしろマイナスになります。


「丸太小屋からホワイトハウスへ」というのがワシントン初代大統領以来のアメリカン・ドリームであり、伝統となっています。


第二次大戦後だけに限っても、トルーマン、ジョンソン、ニクソン、カーター、レーガンといった大統領は、いずれもアメリカ人好みのセルフ・メイド・マンです。


ケネディがこのようなハンディを克服できたのは、極端ないい方をすれば、テレビのおかげでした。


彼は戦後ただちに政治家を目指し、マサチューセッツ州から1946年の下院議員選挙に当選して、その第一歩を踏み出しました。


ザ・スーパースター

「両者は、互いのために生まれ、互いに利用しあったのだ。


ケネディが大統領になったため、テレビを持ち、番組を見ることが政治的に必須な行為となった。


政治の力点は、もろもろの権力機構から大統領府へと移り、テレビは権力の中枢へ根をおろす。


テレビの登場は時代の趨勢ではあったが、ケネディの持つ鋭い政治感覚、類のない自信、抜群の容姿などに刺激され、この傾向は加速される・・・」


・・・大統領になるために、ケネディには乗り越えねばならない3つの弱点がありました。


第一は若さでした。


上院には、民主党の政治的キャリアゆたかで野心を持つ鉾々たる連中アドレイ・スティーブンソン、ヒューバート・ハンブリー、スチュアート・サイミントン、リンドン・ジョンソンこれに前大統領のトルーマンも加わって、ケネディの大統領候補への道をはばんでいました。


第二にケネディには、アイルランド系カトリック教徒という、決定的なハンディキャップがありました。

狂熱の果て 2

「TVが最も創造的で大胆であった黄金時代には、広告業者はそれ以後のいかなるときよりも、番組編成に大きな支配力を持っていたのだ。


むしろ、テレビの腐敗は、アメリカ企業独占史における別の側面にすぎない・・・。」


さて、ラジオが流行したとき、これを早速取り入れ、「炉辺談話」という形式で国民に語りかけ、その心をとらえてしまったのは、いうまでもなく、フランクリン・D・ローズベルト大統領でした。


これに対し、テレビというさらに効果的なマスメディアを駆使して、ジョン・F・ケネディは、43歳という若さで大統領の座を勝ちえたのです。


アメリカのマスコミ界の内幕を描いた『メディアの権力』のなかで、著者デビッド・ハルバースタムは、ケネディ大統領とテレビの関係について、次のように述べています。


「・・・ケネディはテレビの寵児だった。


テレビの生んだ最初の政治的なスーパースターといってよい。


この青年政治家のおかげでテレビは発展し、テレビによって彼もまた偉大となる。」

狂熱の果て

NBCの『21』がいかさまであることを、人気のあるチャンピオンに負かされた男が訴えました。


これに対し、チャンピオンの青年は告白してその事実を認めたのです。


この事件は問題が問題だけにセンセーションを呼び、議会も調査に乗り出しました。


CBSの『6万4000ドル・・・』も、追及を免れることができませんでした。


しかし、こちらは何とかシロとなり、最初にこの番組を制作して抜擢された副社長だけが処分されたにすぎませんでした。


CBSの最高幹部も、スポンサーのレブロンも責任を免れました。


テレビ産業が本格化してやっと10年になるやならずで、早くもこのような不祥事件が発生したことは驚くべきことですが・・・


アメリカの広告業史『ミラー・メイカー』(1984年)を書いたスティーブン・フォックスは、この点について、次のように述べています。


「・・・1950年代におけるテレビの質の低下はメディアムへの広告業の権力によってひき起こされたものではない。」

生産と消費 4

畑の交流会などは、お互いの畑の違いとか、その使い方とか、どんな物を作っているのかなどいろいろ勉強になります。


それに話をするよりも相手が見えてくるように思えます。


そんなことの積み重ねの上に、一つの連合体とまではいかないにしろ、言いたいことがづ.口える集まりになればと思います。


食べ物を作る技術が交流し合えれば、だれだれの物がいいとか悪いとかじゃなくて、全体のレベルが揃い、組織としてどう評価されるかということになってくると思います。


それをどんどん拡大していければスゴイと思います。


一般的に言えば、いい技術はしまっておいて、他人には教えないというのが風潮のようですが、それを公開していって、みんなでよくなろうというような流れができると面白いと思います。


そうなると、核戦争みたいなもんで、だれも生き残れないだろうと思えるのに、やめることができない産地間戦争みたいなものもなくなるんじゃないかと期待できます。

生産と消費 3

生産者と消費者の関係のことをいろいろ述べてきましたが、それ以上に今、興味があるのが、生産者どうしの横のつながりです。


そんなわけで、消費者との関係といっても、生活クラブ生協の組合員ぐらいのところで留まっていて、それ以外のところでは、向ケ丘青年部でやっている「ジャガイモ学校」に参加して来る人たちくらいのところなのです。


生産者の横のつながりといっても、生活クラブ生協に出荷している川崎・横浜地区の生産者なのです。


これも共同購入方式に変わった一つの成果なのかも知れません。


共同購入方式の導入によって、いろいろな会議を開くと、数多くの生産者組織が顔を揃えることが多くなり、労働組合じゃないけれど、交渉事では頭数が多い方がいいんじゃないかというようなところからはじまっています。


実際のところ頭数になるようにはなっていないのですが、お互いの畑見学みたいなことはやっているのです。


交流会とか新年会とか、何かとお酒を飲む機会が多いのですが、まだはじまったばかりですので、気心を知るようになることも必要じゃないかと思っています。

生産と消費 2

こういうふうにすると、自主管理する可能性は大きくなっていくと思うのですが、関係が小さくなって回りがだんだん見えなくなってしまうのではないでしょうか。


大きければいいってもんじゃないけれど、小さい世界で、あるいは専門化された世界で満足してしまっては社会性というふくらみをもてなくなってしまう。


やりやすい方向を求めて行くと、そういう落とし穴があるように思えます。


どっちがどうという問題にもならないだろうし、一気に解決がつくという問題でもないでしょうから、私は当面生活クラブ生協の組A口員とやって行こうと思っています。


ただ、生産と消費を流通も含めて自主管理していこうという気持ちは捨てたくはないし、それに至る一歩として、生活の場から出てきたような本音をお互いに出し合えるような場を、数多く作り出していかなければと思っています。


すれ違いとか思い違いとか、いろいろもつれ合っているものを解きほぐしていかなければと思います。


都市の中で農業やっているということは、そういうことがやりやすい環境の中にいるということであり、それをやっていかないと都市の中の農業は生き残っていけないんじゃないかと思います。

アーカイブ

2012:01 2011:12 2011:11 2011:10 2011:09 2011:08 2011:07 2011:06 2011:05 2011:04 2011:03 2011:02 2011:01 2010:12 2010:11 2010:10 2010:09 2010:08 2010:07 2010:06 2010:05 2010:04 2010:03 2010:02 2010:01 2009:12 2009:11 2009:10 2009:09 2009:07 2009:06 2009:05 2009:04 2009:02 2008:11 2008:10 2008:09 2008:07

管理人のお気に入り